「叱らない育児」の誤解
近年、「叱らない育児」「褒める育児」という言葉をよく耳にします。子どもを叱らず、褒めて育てることが良いとされ、多くの育児書やメディアで推奨されています。しかし、この「叱らない育児」を実践しようとして、かえって悩みを深めている親も少なくありません。
「叱ってはいけないと分かっているのに、つい怒鳴ってしまう」「叱らずにいたら、子どもがわがままになってきた」「どこまで許していいのか分からない」。こうした悩みの背景には、「叱らない育児」の誤解があります。
「叱らない育児」とは、決して「何も注意しない」「放任する」ことではありません。本来の意味は、「感情的に怒鳴る」「人格を否定する」「体罰を加える」といった不適切な叱り方をしないということです。子どもの行動に対して、適切に注意し、導くことは必要なのです。
子どもは、社会のルールや善悪の判断を、親から学びます。何が良くて何が悪いのか、何が危険なのか、他者にどう接すればいいのか。こうしたことを教えるのは、親の重要な役割です。すべてを許し、何も教えなければ、子どもは適切な判断ができない大人になってしまいます。
一方で、厳しく叱りすぎることも問題です。常に怒鳴られ、否定され、体罰を受けて育った子どもは、自己肯定感が低く、他者への信頼感も育ちません。攻撃性が高くなったり、逆に萎縮して何もできなくなったりすることもあります。
つまり、「叱らなさすぎる」ことも「叱りすぎる」ことも、どちらも問題なのです。大切なのは、適切に叱り、適切に褒める、そのバランスです。
本記事では、「叱る」と「怒る」の違い、効果的な叱り方と褒め方、年齢別の関わり方、やってはいけないNG行動など、実践的な情報をお届けします。子どもの健やかな成長を支える、適切な関わり方を一緒に考えていきましょう。
「叱る」と「怒る」の違い
まず理解すべきは、「叱る」と「怒る」は全く異なるということです。
「怒る」とは
「怒る」は、親の感情の爆発です。イライラが溜まって、つい感情的に怒鳴ってしまう。これは子どものためではなく、親のストレス発散です。
怒りの矛先は、子どもの行動ではなく、子ども自身に向けられがちです。「なんでできないの!」「ダメな子ね!」といった、人格を否定する言葉が出ます。
怒られた子どもは、何が悪かったのか理解できず、ただ怖い思いをしただけになります。そして、親の顔色を窺うようになったり、嘘をつくようになったりします。
「叱る」とは
「叱る」は、子どもの成長のための指導です。冷静に、何が悪かったのか、なぜいけないのか、どうすべきだったのかを教えます。
叱る対象は、子どもの行動であり、子ども自身ではありません。「これをしたことはいけない」と伝えますが、「あなたはダメな子だ」とは言いません。
叱られた子どもは、自分の行動を振り返り、次はどうすればいいかを学びます。
感情的にならないコツ
「叱る」つもりでも、つい感情的になってしまうことはあります。そんな時は、以下の方法を試してみましょう。
- 一呼吸置く:すぐに反応せず、深呼吸して冷静になる
- その場を離れる:少し距離を置いて、感情を落ち着かせる
- 声のトーンを下げる:大声ではなく、低い声で落ち着いて話す
- 「私」メッセージを使う:「あなたは」ではなく「ママは」を主語にする
叱るべき時、叱らなくていい時
すべての行動を叱る必要はありません。叱るべき時と、見守るべき時を見極めることが大切です。
必ず叱るべき時
以下の場合は、必ず叱る必要があります。
1. 命に関わる危険な行動 道路に飛び出す、高いところから飛び降りようとする、火や刃物を触るなど、命に関わる危険な行動は、厳しく叱って止めなければなりません。
2. 他者を傷つける行動 人を叩く、噛む、物を投げつけるなど、他者を傷つける行動は許してはいけません。
3. 社会的ルールを著しく逸脱する行動 公共の場で大声を出し続ける、他人のものを勝手に取るなど、社会的ルールから外れる行動も、適切に注意する必要があります。
4. 故意に物を壊す行動 わざと物を壊す、大切なものを乱暴に扱うなども、叱るべきです。
叱らなくていい時
一方、以下のような場合は、叱る必要はありません。
1. 発達段階で当然のこと 食べこぼし、おもらし、兄弟への嫉妬など、その年齢では当たり前のことを叱っても意味がありません。
2. 好奇心からの行動 知らないものを触ってみる、実験的にいろいろ試すなど、好奇心からの行動は、危険でない限り見守りましょう。
3. 失敗やミス コップを倒した、転んだ、忘れ物をしたなど、故意ではない失敗を叱る必要はありません。
4. 感情の表現 泣く、怒る、不安を訴えるなど、感情を表現することは叱るべきではありません。
グレーゾーンの判断
「部屋が散らかっている」「好き嫌いが多い」「宿題をしない」など、グレーゾーンの行動もあります。
これらは、年齢、状況、頻度などを考慮して判断します。また、叱るのではなく、「どうすればいいと思う?」と一緒に考える姿勢も大切です。
効果的な叱り方の7つのポイント
叱る必要がある時、どう叱れば効果的なのでしょうか。
1. その場で、短く、具体的に
時間が経ってから叱っても、子どもは何のことか分かりません。行動の直後に、短く、具体的に叱りましょう。
「さっきのあれはダメでしょ」ではなく、「お友達を叩いたのはいけないよ」と具体的に伝えます。
長々と説教するのも逆効果です。子どもの集中力は続きません。ポイントを絞って、短く伝えましょう。
2. 行動を叱る、人格は叱らない
「お友達を叩いた」という行動を叱るのであって、「あなたは悪い子だ」と人格を否定してはいけません。
「〇〇したことはいけない」と行動に焦点を当て、「あなたは△△な人間だ」という決めつけは避けましょう。
3. なぜいけないのかを説明する
ただ「ダメ」と言うだけでなく、なぜいけないのかを説明します。
「叩かれたら痛いよね。お友達も悲しいよ」と、相手の気持ちを考えさせることも大切です。
年齢に応じて、理解できる言葉で説明しましょう。
4. どうすればよかったかを教える
叱るだけでなく、「じゃあどうすればよかったと思う?」と考えさせたり、「次からは『貸して』と言おうね」と正しい行動を教えたりします。
叱ることは、次につながる学びでなければ意味がありません。
5. 冷静に、低い声で
大声で怒鳴ると、子どもは恐怖で固まるだけで、何を言われているか頭に入りません。
むしろ、低いトーンで、ゆっくり、はっきりと伝える方が効果的です。
6. 子どもの話も聞く
一方的に叱るのではなく、「なぜそうしたの?」と子どもの話も聞きましょう。
子どもなりの理由があることもあります。それを理解した上で、どうすべきだったかを教えます。
7. 叱った後のフォローを忘れない
叱った後は、必ずフォローします。「もう怒ってないよ」「大好きだよ」と伝え、ハグするなど、愛情を示しましょう。
子どもは「行動は悪かったけど、自分は愛されている」と理解する必要があります。
褒め方のコツと注意点
叱ることと同じくらい、いや、それ以上に大切なのが褒めることです。
効果的な褒め方
1. 具体的に褒める 「すごいね」「えらいね」だけでは、何がすごいのか子どもには伝わりません。
「自分で靴が履けたね、すごい!」「お友達におもちゃを貸してあげられたね、優しいね」と、具体的に褒めましょう。
2. 結果より過程を褒める 「100点取ったね、すごい!」という結果だけでなく、「毎日頑張って勉強したね」という過程を褒めることが大切です。
過程を褒めることで、努力の大切さを学びます。
3. 小さなことでも褒める 大きな成果だけでなく、小さな成長も見逃さず褒めましょう。
「今日は自分で起きられたね」「野菜を一口食べられたね」など、日常の小さなことを褒めることで、子どもは自信を持ちます。
4. すぐに褒める 叱る時と同じく、褒める時もタイミングが大切です。良い行動をしたら、その場ですぐに褒めましょう。
5. 心から褒める 形だけの褒め言葉は、子どもに見抜かれます。本当にすごいと思った時、嬉しいと思った時に、心から褒めましょう。
表情や声のトーンにも、喜びを込めて伝えます。
褒めすぎの弊害
褒めることは大切ですが、褒めすぎにも注意が必要です。
褒められないと動かない 何をしても褒められることに慣れると、褒められないと動かなくなります。内発的動機づけではなく、外発的動機づけに頼るようになります。
失敗を恐れる 常に褒められて育つと、失敗して褒められないことを恐れるようになります。挑戦を避け、できることしかやらなくなることもあります。
自己評価が他者評価に依存する 褒められることが自己価値の基準になると、他者の評価ばかりを気にする人間になります。
バランスの取り方
褒めることと叱ることのバランスが大切です。一般的には、褒める:叱る=4:1から5:1程度が理想と言われています。
叱った後は、次に良い行動ができた時に、しっかり褒めることを忘れずに。
年齢別の叱り方・褒め方
子どもの発達段階によって、効果的な叱り方・褒め方は変わります。
0〜2歳:言葉より雰囲気
まだ言葉を十分に理解できない時期です。長い説明は伝わりません。
危険な行動は、短く「ダメ」と言って止めます。表情や声のトーンで、真剣さを伝えます。
褒める時も、言葉より、笑顔やハグ、拍手などで喜びを表現します。
3〜5歳:簡潔に、分かりやすく
言葉の理解が進む時期ですが、まだ論理的思考は未発達です。
叱る時は、「〇〇したから、△△になった」という因果関係を、簡単な言葉で説明します。
「なぜそうしたの?」と理由を聞くことも始められますが、まだ上手く説明できないことも多いので、焦らず待ちましょう。
褒める時は、具体的に、オーバーなくらい喜んで褒めると、子どもも嬉しくなります。
6〜12歳:理由を説明し、考えさせる
小学生になると、論理的思考が発達します。「なぜいけないのか」を、しっかり説明しましょう。
また、「どうすればよかったと思う?」と自分で考えさせることも大切です。
褒める時も、「なぜそれが良かったのか」を伝えることで、価値観が育ちます。
13歳以上:対等に話し合う
思春期は、親の言うことを素直に聞かなくなる時期です。頭ごなしに叱っても反発するだけです。
一人の人間として、対等に話し合う姿勢が大切です。「親はこう思うけど、あなたはどう思う?」と意見を尊重しながら、価値観を伝えます。
褒める時も、子ども扱いせず、「すごいね」より「よく頑張ったね」と認める言葉が響きます。
やってはいけないNG行動
叱り方・褒め方で、絶対に避けるべきことがあります。
叱る時のNG
1. 体罰 叩く、蹴る、つねるなどの体罰は、絶対にしてはいけません。体罰は子どもの心に深い傷を残し、攻撃性を高めます。
2. 人格否定 「ダメな子」「バカ」「いらない子」など、人格を否定する言葉は、子どもの自己肯定感を著しく下げます。
3. 他者との比較 「お兄ちゃんはできたのに」「〇〇ちゃんはいい子なのに」といった比較は、劣等感と嫉妬を生みます。
4. 脅し 「そんなことするとお化けが来るよ」「もう知らない」といった脅しは、恐怖心を植え付けるだけです。
5. 長時間の説教 長々と叱り続けても、子どもの集中力は続きません。ポイントを絞って短く伝えましょう。
6. 人前で叱る 特に年齢が上がると、人前で叱られることは屈辱です。他の子どもや親がいる前では叱らず、後で二人きりの時に話しましょう。
褒める時のNG
1. おだてる 本心でもないのに、形だけ褒めるのは「おだてる」です。子どもは見抜きます。
2. 条件付きの愛情 「〇〇したら愛してあげる」という条件付きの愛情は、子どもを不安にさせます。
3. 他の子を下げて褒める 「〇〇ちゃんよりすごいね」と、他の子を下げて褒めるのは避けましょう。
4. 物で釣る 「これをしたらお菓子をあげる」と物で釣ることばかりしていると、物がないと動かなくなります。
兄弟姉妹がいる場合の注意点
兄弟姉妹がいる家庭では、叱り方・褒め方にも配慮が必要です。
平等に扱う
一方ばかり叱る、一方ばかり褒めるというのは避けましょう。子どもは敏感に不公平を感じ取ります。
ただし、年齢や性格が違うので、全く同じ対応は難しいこともあります。それぞれに合った関わり方をしつつ、愛情は平等に注ぎましょう。
比較しない
「お兄ちゃんはできるのに」「妹はちゃんとしてるのに」といった比較は、兄弟姉妹の関係を悪化させます。
一人ひとりの良さを認め、比較せずに関わりましょう。
個別の時間を作る
一緒に叱る、一緒に褒めるだけでなく、一人ひとりと向き合う時間も大切です。
個別に話を聞き、その子だけに向けた言葉をかけることで、子どもは「自分も大切にされている」と感じます。
パートナーとの連携
夫婦で叱り方・褒め方の方針が違うと、子どもは混乱します。
基本方針を共有する
「こういう時は叱る」「こういう時は見守る」など、基本方針を夫婦で共有しましょう。
また、「人格否定はしない」「体罰は絶対にしない」など、絶対にしてはいけないことも確認します。
片方が叱っている時は
片方が叱っている時に、もう片方が「そんなに怒らなくても」と割って入るのは避けましょう。子どもは「こっちに言えば許してもらえる」と学習します。
その場では黙って見守り、後で二人で話し合いましょう。
お互いをフォローする
叱った後、もう片方がフォローに回ることは効果的です。「パパは〇〇が心配だから叱ったんだよ」と説明し、子どもの気持ちを受け止めます。
自分を責めすぎない
完璧な叱り方、完璧な褒め方ができる親はいません。
感情的になってしまった時
つい怒鳴ってしまった、言いすぎてしまった。そんな時は、子どもに謝りましょう。
「さっきは怒鳴ってごめんね。でも〇〇はいけないことだから、次からは気をつけてね」と、謝罪と注意をセットで伝えます。
親が謝る姿を見せることは、子どもにとっても良い学びになります。
完璧を目指さない
毎回理想的な対応ができなくても大丈夫です。大切なのは、愛情を持って向き合うことです。
失敗しても、「次はもっとうまくやろう」と思えれば、それで十分です。
まとめ:愛情を持って、バランスよく
「叱らない育児」とは、何も注意しないことではありません。感情的に怒鳴らず、適切に叱り、たくさん褒める。そのバランスが大切です。
叱るべき時は叱り、褒めるべき時は褒める。そして、どんな時も子どもを愛していることを伝え続ける。これが、健全な子育ての基本です。
叱ることは、子どもの成長のための大切な指導です。罪悪感を持つ必要はありません。ただし、感情的に怒鳴るのではなく、冷静に、愛情を持って叱りましょう。
褒めることは、子どもの自信と意欲を育てます。小さなことでも見逃さず、たくさん褒めましょう。ただし、形だけの褒め言葉ではなく、心から褒めることが大切です。
完璧な親である必要はありません。時には感情的になってしまうこともあるでしょう。そんな時は、素直に謝り、また前を向けば大丈夫です。
大切なのは、子どもへの愛情です。愛情を持って叱り、愛情を持って褒める。その積み重ねが、子どもの健やかな成長を支えます。
毎日の子育て、本当にお疲れ様です。完璧でなくても、あなたは素晴らしい親です。自信を持って、明日からも子どもと向き合っていってください。応援しています。


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